重厚長大産業と公開株式会社1960年代の高度成長期以降、日本の経済を支えてきたのは、鉄鋼や造船などの重厚長大産業であり、これらの業界においては最新鋭の大規模な設備などの物的資産が競争力の源泉でした。
物的資産を充実させて競争力を高めるためには多数の投資家から資金を調達することが必要ですから、事業の運営を担うのは必然的に株式会社となり、中でも市場から大量の資金調達を行うことのできる公開株式会社が経済の主役を担っていたのです。 不特定多数の出資者からの資金調達が想定される株式会社においては「所有と経営の分離」が前提となっており、出資者である株主の個性は重視されません。

個性のない出資者とは別の経営機関(取締役会)が設置され、多数決によって意思決定が行われます。 株主の意思決定機関として株主総会もありますが、公開株式会社では年に一度だけ開かれるのが通例であり、その機能も限定的でした。
日本の株式会社、特に公開株式会社は、安定した株主構造の下、経営者や従業員が組織固有の技能を形成してきたといえます。 重厚長大産業においては今後も基本的に従来型の会社経営が続いていくでしょう。
(2)人的資産集約型産業の台頭とLLP一方で、1990年以降、人的資産集約型産業といわれる産業が、先進国の経済の中で重要な位置を占めるようになりました。 産業群でいえば、投資銀行やファンドマネージャー等の最先端の金融産業や、ソフトウェアやコンテンツ開発等の情報産業、企業の共同研究開発部門等が人的資産集約型産業とされています。
これらの産業では、最先端の工場のような物的資産ではなく、専門的で高度な能力を持った人材こそが競争力の源になります。 このような人的資産を惹きつけ、効率的に経営を進めるために、所有と経営の一致した「人的組織」が諸外国で再評価きれ、法制度が整備されてきました。
この流れの中で日本版LLPが創設されたのです。 人的資産集約産業では、組織のコアとなる人材を組織に留めておくことが、競争力を維持するために重要になります。
そのためには、専門的で高度な能力を持った人材が、その個性や能力を重視され、貢献に応じた報酬を得ることが重要だと考えられます。 また、出資者が多数である必要はなく、機動的な意思決定が可能であることのほうが重要になるでしょう。
LLPの出資は金銭その他の財産に限定されていますが(法11条)、労務や知的財産、ノウハウの提供などを考慮して、出資比率と異なる損益分配ができることになっています。 そこで、従来は企業の従業員という立場で能力を発揮して報酬を得ていたコア人材が、出資者として事業に参加し、専門能力の貢献に応じた柔軟な利益分配を確保することが可能になります。
事業者問の共同研究開発や連携事業においても、出資額だけではなく、各事業者が提供した知的財産、技術、ノウハウ等を勘案して、研究成果や利益の分配を決めることができるのです。 LLPは構成員課税ですから、分配される利益に対して二重課税がされることもありません。
また、LLPでは、内部組織について基本的に組合員内部で自由に決めることができます。 たとえば数社の企業がある製品の開発・製造を共同するLLPを作る場合、技術力による開発への貢献度が大きい企業に対して出資比率以上の議決権を与えるなどして、出資者の貢献を組織運営上の権限にも反映することができます。
これによって、LLPの事業にとって重要な組合員に対して事業参加のインセンティブを与えることが容易になりますし、ニーズに応じた機動的な意思決定を行うことも可能です。 LLPは、コアとなる人材が専門能力を活かすための、また事業者がその有する知的財産、技術、ノウハウ等を活用して新たな事業に挑戦するためのインセンティブを用意できる組織形態だといえるでしょう。

一方、起業やジョイントベンチャーへのインセンティブが用意されていても、事業の失敗のリスクに対して無限責任を負うのでは高いハードルとなってしまいます。 LLP制度は、出資者全員が有限責任のみを負い、構成員課税によって損失が出ても損益通算による減税のメリットは受けることができますから、よりリスクの高い分野に挑戦することが可能になるのです。
共同研究開発等において初期負担が大きく一社だけでは負担を負えない場合や、既存事業の共同再編で合併後リストラに伴う損失が見込まれる場合も、構成員課税と柔軟な損益分配というLLPの特質を活かすことができると期待されています。 日本版LLP創設に対する経済界の要望は、平成11年頃にはすでに明らかにされていました。
米国のLLCに対していわゆるチェック・ザ・ボックス規則が導入され、税務上事業者が法人課税と事業体課税とのいずれかを選択できることとされたのは1996年12月のことですが、経団連は、平成11(1999)年5月に発表した「わが国産業の競争力強化に向けた第1次提言」の中で、すでに「複数の企業が共同して、リスクの高い新規事業に進出するため、あるいは事業の再構築を進めるための手段として、アメリカ各州法におけるLLC、LLPと類似の、すべての出資者の有限責任と、税制上の導管としての仕組み(事業体の段階では所得課税を行わず、その損益を出資者の損益と通算)を備えた事業形態を、速やかに創設すべきである」と述べ、日本版LLP法創設の提案まで行っています。 経団連は、平成12年10月に発表した「商法改正への提言」においても確実に実現すべき具体的事項の一つとしてLLPの導入を掲げるなどして、その後も継続的に、有限責任と税制上の導管としての仕組み(以下、「パススルー」といいます)を備えた事業形態の創設を強く訴え続けたのです。
平成15年4月に経団連が公表した意見書「産業力強化の課題と展望−2010年におけるわが国産業社会」においても、高成長・新規分野における起業や、共同事業再編を初めとする企業の戦略的提携、投資ファンドへのリスクマネーの集約と投資拡大を促すためには、リスク分散を可能とするとともに二重課税を排除する、新しい企業組織制度の創設が必要となると述べ、法人格、出資者の有限責任制、税制上のパススルー、組織の柔軟性を備えた「日本型LLC」の創設が喫緊の課題であると主張しています。 立法に至る政府の動き経済界の要望を受けたLLP法制定へ向けた政府の動きは、平成14年3月に閣議決定された「規制改革推進3か年計画(改定)」にその端緒を見出すことができます。
この中で、法務関係の措置事項として、平成14年度中に、合理的かつ健全な私法上の事業組織形態の在り方について私法上の問題点の整理と検討を開始するとともに、併せて税法上の取扱いも検討するとされました。 このときに担当省庁とされていたのは法務省および財務省です。
同年12月には、総合規制改革会議(内閣府設置の諮問機関)が規制改革の推進に関する第2次答申の中で、現行法上可能な私法上の組合や法人の形態を一層利用しやすい制度に再構築する必要があると提言しました。 平成15年に入ると、日本にも有限責任の人的組織を創設しようという具体的な提案がされるようになります。

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